石 川 桜 所
(いしかわおうしょ)

 石川桜所は,1826年(文政8年)桜場村籠壇(現在の上沼籠壇)に生まれ,名を良信といいました。お父さんは,医者として地方に名を知られた人であったといいます。

 14才のころ,りっぱな医者になりたいと思い,江戸へ行き,いろいろ苦労しながら,西洋医学を勉強し,さらに,九州長崎へ行き研究しました。

 その後,研究もいっそう進んだので長崎から江戸に帰ると悪い病気がはやって,多くの人が死んだり苦しんだりしていました。桜所は,その治りょうにかつやくしました。はたらきがみとめられて,38才で,ついに徳川将軍のおそばにつかえる医者となり,二代将軍につかえました。
 明治になってからは,新しい政府に招かれて,陸軍の医者としてはたらき,日本の軍医制度をつくるのに努力しました。
 明治15年(1882年)病気のため,58才でなくなりました。また,桜所は,ふるさとに住んでいた,お父さん,お母さんのことをとても心配し,たよりやお金を送ったりしてなぐさめていました。
 生まれた桜場の地には,地元の人たちによって碑がたてられ,桜所のはたらきが伝えられています。

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